カテゴリー: 親子のこと

パパの子どもの叱り方が、気になっている、優しいお母さんへ

やさしいお母さんは、自分のお子さんが、頭ごなしに叱られたりとか、大きな声で怒鳴るように叱られるとか、嫌だなと感じたり、心配だったりしませんか。お子さんが、「怒られても仕方ないよな」というような事をしていればまだしも、お子さんも繊細でやさしくて、「イタズラなんて出来ません!」というタイプだと尚更ですよね。そして、その大きな声で怒るのが身近なパパだと、、心配事やストレスが増えちゃいます。

そういう相談を受けたら、つい、「人生の先輩たちは何て言っていたかな…」と考えを巡らせてしまうのですが、今日は、私自身はどうしていたか(いるか)ということをお伝えしていきます。今の時代に、同じ様に子育てをしている私にしか、応えられない事があるかも知れないから。

パパはなんで怒っているのでしょう

子どもが何かあって泣いていると、「泣くのはやめなさい!」と頭から力で抑えようとしているように見えるパパ。うちもご多分に漏れずそんな時期がありました。そうすると、お子さんの泣き方もエスカレートする。。。パパの言い分は、

  • 落ち着いて感情をコントロールして欲しい(すぐに)
  • 泣いたら自分の思い通りになるという思考を捨てて欲しい(今すぐ)
  • 周りにも迷惑(かなぁ)

最後は、ちょっとおまけみたいな感じですけど、概ね「しっかりとした大人になってほしい」という、子どもへの愛情表現です。お互いに落ち着いて話ができれば、子どもにも伝わるところも多いし、パパ自身も伝わって「良かった」と思えるのですが、この「すぐに、今すぐに!」という気持ちがあって、大声を出したり、強く言ってしまうのです。結果が早く欲しいんです。お母さんみたいに待てない^^;

自分がどう育てられたかという連鎖

パパがそうしてしまう理由の1つは、自分も小さい頃にそうやって育てられたから。パパも子供の頃に、自分の父親やおじいちゃんなんかに、そうやって叱られながら育っているので、他の手段を知らなかったりします。

一方ママの方は、「小さい頃、お母さんに一度も怒られなかった」という方、結構いらっしゃいますよね。私も、母親が怒っているところは一度も、見たことが有りません。なので、”お母さんは怒ってはいけない、怒らないのが良いんだ”と、パパと真逆の価値観を持っている事がよくあります。

パパとママ、お互いが真逆の価値観を持っているので、相手が極端に見えるのです。それでちょっと、怒っている人を見ると、ママの心がざわざわする。

また、パパの方は「ママが叱らないから、自分がやらなくてはいけないな!」と頑張ってしまう、とういこともあります。

男性性と女性性の違い

「そもそも相手は違う生き物」と思っていると少し気持ちも楽になります。男性性・女性性の違いをお伝えしておきますね。

男性性は、まっすぐに、目標に向かって突き進むエネルギーが強いです、先人の知恵を学んで、早く目標に到達しようとする。反対に、女性性は、振り子のように揺れながら、行ったり来たりして、自分で確かめながら、ときには間違ったり失敗しながらバランスを取って進んで行きます。

男性性は、優れた手本を見せて、「ここまで到達しなさい」と子どもを引き上げるエネルギーになります。女性性は、「出来ても、出来なくても、どちらでも大丈夫」と、どんな事も受け止める、温かいゆりかごのような役割を果たします。

女性だから、女性性しか持っていないということはなく、両方持っているけれど発揮する割合が違うので、お父さんとお母さんの役割は、そのまま男性性と女性性の違いに現れたりします。

こうして、それぞれ役割が違い、協力して子どもを育てている、と考えられると、「私は(母親は)、子どもが安心できるような環境を作ろう」と、後でお子さんを甘えさせてあげようと思ったり、一緒に好きな絵本でも読もうかなと、状況に心が乱される事なく、長い目で見ながら、立ち振る舞うことも出来るかもしれません。

ママを守りたいという気持ち

パパは、あまり表に出さなくてもママのことを大切にしています。守りたいと思っています。なので、子どもが大変な状態になるのは、「ママを苦しめている」と思っていることがある気がします。

なので、「子どもが泣いていると手がかかる、ママが大変になる、今こそ自分がなんとかしなくては!」とママのためを思って、子どもに厳しくしているケースもあると思います。お母さんが怒らないタイプなら尚更です。

それでも、子どもの心が心配なときはママも立ち上がる

そうは言っても、「ちょっとそれは行き過ぎでは」という時もあります。そう感じる場面では、私もすぐに「そういう叱り方はしないほうが良い」と止めに入りました。

娘が3歳〜4歳の頃、「大泣き」「癇癪をおこす」泣き方がどんどんエスカレートしていく、という時期がありました。(因みに、5歳になった今は殆ど有りませんので、年齢的なものもあると思いますよ。)

ある時、お出かけに連れて行った小さなお人形を無くしてしまい、泣いていたうちの娘。最初は、両親揃って「残念だったね、悲しいね」と気持ちを受け止めていました。そして、数分たっても泣き止まない、ちょっと泣き方が強くなってきた、というタイミングでパパのほうが「落ち着いて!泣いても自分の思い通りにならない!」と大声を張り上げ、繰り返し繰り返し、オウムのように言い聞かせようとしていました。

それ以前の数日も、何度もこの繰り返しを見てきて、そのときも、その後も、特に状況が良くなったように思えなかった。「それじゃちゃんと伝わらないよ!」と思ったので、「今、こうして強く言うことがもっと混乱させているよ」と伝えました。多分、全く上手に伝えられなかったです。その後、夫婦間でなにかの結論に至ったとか、そういうことも無かったです。でも、不思議とすぐに娘がものすごく落ち着きます。さっきの騒ぎは何だったの?というくらに、ケロッとして楽しそうにしていました。多分、「ママが、黙って見ていないで、助けてくれようとした」というのが伝わったんじゃないかと思います。

たまには家族に甘えてもいいですよ

昨日は新月でしたね。女性は月の満ち欠けに影響を受けると言いますが、女性はどんな一日でしたか?男性の方は、周りの女性はどんな風に過ごしていましたか?私は、珍しく感情を爆発させました…。わかりやすく言うと、夫と喧嘩したんですね。そんな事があっても、その後、悪い方には行かないです。家族がもっと仲良くなります。喧嘩したら、どんどん仲が悪くなって、ついには離婚?というのはおとぎ話です。

昨夜はそんな騒動のあと、雲が多かったですが、海の方は星が見えるかも(新月は星が一番輝いて見えるというのもあり)、と言う情報が出ていたので、夜のドライブに行って、久しぶりに自然を感じました。星は全く見えませんでしたが、雲が力強くうごめいている姿に自然の力強さを、暗がりに白んだ雲と一緒に見える建物の影に哀愁を感じました。

冷静でいられなくなる、賢い女性でいられなくなる、感情を表に出すのはみっともないな、と心配している賢い女性の方々。もちろん、友だちや仕事で付き合う人にそういった面は殆ど出していないと思いますが、家族には少し甘えて、感情を出してみるのは悪くないと思います。

もしかしたら、旦那さんの言うことが正論すぎて、「あれ、なんで私怒ってたんだろう」って思うかもしれませんが、状況は素直に受け入れてくださいね。「正論ばかり言って、偉そうだー!」って、もう一度怒らない事がコツです。

それで、色々整理すると、本当に嫌だと感じたことが1つとか2つとか、残ると思います。そこだけ、最後にこういうポイントで感情的になったという理由と、こうして欲しいということや、私はこういう事を大事にしている、ということなどを伝えてみてください。それでおしまい、になると思います。で、旦那さんが急に優しくなったり、家事に協力的になったりして不思議です。

因みに、我が家の娘2人はその間、すっごく楽しそうに自分の世界で遊んでいました。長女の方が「あのさ、もうちょっとボリューム落としてくれませんかー?」って最後に言ってました笑。 

でも、もっと良いのはちゃんと、いつも、少しずつ正直に伝えたり、話し合ったりすることですね。変に隠し事しようとか、自分はこうしたいからと相手をコントロールしたりすると、一気に溜め込んだものを吐き出すタイミングが必要になってくると実感です。

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今日は触覚の日

言葉で伝えることに 疲れてしまったときに借りた 『声めぐり』(齋藤陽道さん著)。齋藤陽道さんは、聴覚に障がいのある写真家さんです。いつも買っている雑誌で読んだエッセイを見て、伝えたいことをすべて、言葉に変換することについての疑問に寄り添ってくれた気がして、以来、写真や文章にも触れてみたいと思い読んだのがこの本です。

言葉じゃないものとは、表情、仕草、匂い、、、など、色々と想像を膨らませていましたが、読み終えて得られたものは、「触れる」、「触覚」でした。

視力が大人よりも弱い赤ちゃんが頼りにするもの、それが触覚。

こだわりの布でつくられた赤ちゃんへのおくるみを、自分でも触れてみたら心地が良くて、ずっと包まれていた話。それは、先日聞いた、シュタイナーを研究する若き哲学者、竹下先生の講演とのつながりを感じました。触覚は、人間の原体験、産道を通るその感触を記憶して出てくるのだということ。お気に入りの布に包まれて、「触覚」の原体験を味わう時間もあり、私も齋藤さんと同じことしたなーという思い出にもつながるお話でした。

子どもの頃の父親の記憶は、触覚に宿っていた話。

私のところにも、月齢3ヶ月の赤ちゃんが居てくれているので、その子を想いながら、読んでいました。

少し前に、陣痛の度に、お母さんの産道はガチガチからふわふわになって、そのふわふわの産道を赤ちゃんが通ってくるという話を聞きました。もっと早く知っていたら、お産がもっと幸せな時間だったかもしれないな、なんて想いました。

今朝は、熱を出した4歳の長女を兵児帯でおんぶして、病院へ連れていき、背中がとても温かかったです。今日、雨が降っていなかったら、バギーに乗せて連れて行っていました。

兎に角、今日は触れることに溢れた日でした。それが、齋藤さんの本によって、より際立った気がします。

家族にたくさん触れたいなぁ。

お手当ってやっぱりいいなと実感です。

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私のお産の記録2〜分娩当日〜

産前の記録からだいぶ間が空いてしまいましたが、分娩の当日の記録を記します。生まれる前日の明け方、自分の身体なのに自分のものではないような不思議な感覚で夢と現実との間を行き来していたのを覚えています。

陣痛のはじまり

陣痛が始まった日は、夫の友人が自宅に遊びに来るというその日でした。予定日が近かったので、もし産まれてしまったら予定はキャンセルにしようと決めて、そして、料理はなにかケータリングを、とのことだったのですが。

前日、明日はローストビーフを出したいとの夫。スーパーで塊肉を買ってきました。となると、ケータリングではないのでは、、ということでいつも通りせっせとローストビーフを仕込み、一緒に出すサラダやらパスタやらトマトスープやらハード系パンやらデザートのケーキやらの準備に追われて、ちょっと陣痛が早まってしまったかもしれません。

夕方に娘を幼稚園に迎えに行くあたりから、ちょっとお腹のあたりがおかしいなと思って、お腹が痛いなと感じて、ちょうどトイレにも行きたかったのでそのせいかもとやり過ごしましたが、ディナーの準備の途中でやっぱりこれは痛い、となり。料理も鍋に入ったままで一応出来上がったので、作業終了。

しばらく様子をみましたが、病院に相談して早めに病院へ移動しました。

病院にて

早めに入ったので、結構余裕というか、ここまでの陣痛の痛みは前回の分娩でも体験していたし、和みの仲間に感謝したりして過ごしました。

しかしながら、本陣痛がはじまるとやはり未知の痛みにどうしようもなくなり。麻酔分娩では体験できなかったテニスボールで痛いところを抑えてもらうとか、おお、これか、、なんて考えたりしました。

それ以上の陣痛が来たとき、痛いのですがなかなか子宮口が開かず。泣き言を言っていました。「もう無理、痛すぎる、なんでこんなに痛い目に遭わないといけないんだ」などなど。でも涙は出ません。きっと痛みをこうして紛らわす術です。それと同時に、「もう帝王切開にしましょう」とか言ってもらえないかなとどこかで期待していました。「うまくできない、いきめない!」と泣き言をいったとき、「大丈夫、ちゃんとできてるよ」といってくれた助産師産の言葉のなんとありがたかったことか。

痛みへの覚悟

子宮口が開かないので、もう少し様子を見て進まなかったら促進剤を使いましょうかと言われました。「はい」と返事はしたものの、なんだかそれだけは絶対にいやな気がして。そこから覚悟が決まりだしたと思います。

もうすぐ出そうなんだけど、赤ちゃんの向きがちょっとずれている、体勢を変えてみましょう。そう言われても、痛くて動けないし、感染症の恐れがあったので点滴をしながらだし、心拍モニターも付いているし、ベットだから落ちるんでないかと怖くて、動きづらい。加えて、靴下を履いていないので足が冷える、夕飯の支度でにんにくを切ったから手が匂う。気がかりなことだらけでなかなか動けませんでした。

最後、もうすぐ出そうというとき、お尻が痛いのが怖いのです。頑張れば、赤ちゃんも出てこられるし、お産も終わるのはわかっているのに、お尻が痛むのが怖い。前回の麻酔分娩では、お尻の感覚は全くありませんでした。いきむのは怖くないのですが、「いきむって何?」って感じでよくわからないのです。その「いきむ」という感覚、今回はよくわかります。でも、怖いのです。でも、最後は覚悟するしかなくて、次の強い陣痛で出しましょう、という助産師産の声掛けで、良しと覚悟をきめました。最後は取り上げの専門家の方のような方も加わり、出ました。。。

もう、助産師産には感謝しかありませんでした。一生忘れられない方だと思います。前回の麻酔分娩では、逆で、助産師産の顔はあまり思い出せませんが、検診時からお世話になっていたので医師の方のお顔はよく覚えています。

夫の立ち会い

前回の麻酔分娩では、夫はもっぱら撮影係。水分補給のために飲み物などは手渡してくれますが、それ以外はカメラを持って立っている。そして、血が苦手なので、生まれる直前に倒れてしまい、肝心なところは撮影できずに別室へ。

今回は、痛みを乗り越えるのに、実際に手を動かしてサポートしてくれたのはもちろんですが、助産師さんが部屋を不在にしている間に、ひとりにならなかったことが本当に心強かったです。そして、最後まで倒れませんでした。

当初は、立ち会いはどっちでもいい、一人で産んでくるかも。と気軽に考えていました。立ち会いには特に深い意味はないものと。でも、これほど心の支えになるとは知りませんでした。

お産の振り返り

入院期間中、担当してくれた助産師さんが病室に来てくれました。尚、大きな病院なので、最初から同じ助産師さんがついてくれたわけではなく、何人も交代してみてくれていました。最後に出会った助産師さん、本当にエンパワーメントの力があって、アロマや三陰交マッサージもしてくれて、赤ちゃんはこの方が来るのを待っていたのではないかというくらい、若いのに素敵な方でした。

助産師さんは、一緒に病室でお産の振り返りをしてくれました。「とても経過は順調だったんですよ」と言ってくれました。その前までは、私のお産は二人目なのに全然楽ではなく、安産の部類には入らないだろうと思っていました。けれど、一緒に振り返りをしてくれたら、そっか、大丈夫だったんだと、認識がガラッと変わりました。

助産師さんのサポートの力が大きいこと、家族の支えを感じられるお産の経験でした。

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絵本の選び方

先日、和みのヨーガインストラクターの友人が自宅に遊びに来てくれました。本屋で働いている彼女は、出産祝いにも絵本をプレゼントしてくれるほど本が大好きです。自宅の本棚にある絵本を眺めながら、「絵本はどうやって選んでいる?」という質問をもらいました。今まで、絵の好みや話のおもしろさ、信頼できる出版社かどうかなど、漠然として特に意識してきたことはありませんでしたが、改めて、どうやって絵本を選んでいるか、考えてみる機会になりました。

絵本の役割

幼稚園教諭の資格を取るために通っていた大学や、娘の幼稚園で言われているような一般的な絵本の意味はいくつかあります。

  • 伝承的な意味合い
  • 子どもが絵本の世界観に没頭できる、想像力を育む
  • 自分のネガティブな感情を逃してあげる場所

など、決して文字を読めるようになるとか、論理的な構成力を育てるとか、そういった左脳的な意味合いというものはあまり語られていません。よく、大人が(特にお父さんかも)絵本を通して文字を教えることがありますが、私は絵本は文字を教えるツールとしてはあまり適していないと思います。文字の読める大人は、絵本を読み聞かせてもらうと、絵ではなく、文字を追います。でも子どもが見ているのはあくまで絵です。絵を楽しんでいるのであれば、あえて文字をそこで教えなくてもいいと思うからです。

絵本は平等なコミュニケーション

我が家でも、絵本は文字を教えられないから意味がないとか、ナンセンス系の絵本は教訓もストーリーもないから読まないほうがいいとか、そういう話が飛び交っていないわけではないです(私は、ナンセンス系絵本の代表、長新太さんの絵が好きです)。家族みんなが同じ本を大好き、というわけではありません。その壁を越えようとして、ちょっと躍起になっていたと思いますが、『日本における子ども絵本成立史』(ミネルヴァ書房)という本から、日本における絵本文化の歴史を学ぼうとした時期もありました。

結局、今私の中に一番残っているこの本からのメッセージは、

 絵本は子どもの心の糧である、とか絵本に親しむことによって子どもの想像力が育つ、とか、子どもによかれと思う配慮で絵本を子どもに与える大人の立場というものがある。わたしもそういう絵本の効能を疑っていない。大人のわたしの心の中にもそういう教育的な思いが全然ないかといえば、それは嘘になるかもしれない。けれどもやっぱり、絵本を手にこどもの前に立った時の私の気分は、そいういう立場とは違うような気がする。(中略)絵本をよむということは、対等な相手となにかを創りあげる共同作業なのだと気がつく。わたしにはこの対等感がこたえられない。(中略)大人と子どもがそれぞれの垣根をとっぱらって同じ楽しみを共有する時間、それが絵本をよむ時間だ。しかも大人と子どもの感性の立場が違うとうことが決定的に面白い。

という、長谷川摂子さんの絵本観でした。大人と子どもが「対等な立場」に立てる。それは、言語だけに頼らないからこそ実現できるのではないかと思います。絵本の絵と、文字が主体の本にある挿絵と、絶対的に違うのは、絵本は、細かなストーリーの前に、絵でのイメージがあり、そこに言葉を紡いでいったということではないかと思います。言語が先に立たない、ということに、大人の世界で使われている言語が絶対ではない世界があるのだと思います。

言語を飛び越えて、言語とつなぐ

私は、自分の思いを言葉であらわすということが、小さな頃から苦手だったと思います。うまく言葉で出てこない。そんなとき、絵を描くことや写真を撮ることで、絵や写真が私の代わりにアウトプットしてくれていると感じていました。たとえ、相手に受け取ってもらえなくても、なにか、自分の感情を外に出す。それだけで、モヤモヤとしたもの、苦しみから開放されていました。(だから、小さな子は絵を描くのが好きなのかも)

小さな子どもであれば、言葉に出来ないことがあっても当たり前のように思いますが、本当は、大人にも、感じ取ったもの、表現したいものが実はたくさんあって、言葉にできないことがたくさんあるのだと思います。言語化することは、自分以外の誰かと何かを共有する上でとても便利なツールです。でも、言語が絶対で最上位のコミュニケーションではないとも同時に思います。両方を心地よくつなぐことで、相互に理解が深まるのだと思います。

そんなとき、言語で語りすぎない絵本があれば、あまりにも理路整然としていない遊びのある絵本があれば、イメージ(メッセージやエネルギー)と言語(ツール)をつなぐことができるのだと思います。絵だから言語よりも下位のもの、かんたんな言葉だからダメ、難しい言語が良い、でもなく、絵本の前では誰でもが平等に、思ったことを言葉にしても良い、大人も子どもも関係なく楽しめる本。そんな本があれば、私は手にとってみたいなと思います

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私のお産の記録1〜自然分娩の選択まで〜

令和元年の8月に次女を出産しました。長女の出産の頃、自然派とは縁遠かった私は、とにかく痛いのは嫌だと麻酔分娩(無痛では無く和痛)を選択しました。次女の出産も、同じように、麻酔を使うのだろうかと考えてはいましたが、最終的には自然分娩を選択しました。どんなお産も、それぞれに素晴らしい体験なのだと思います。そんな風に思えるようになった、次女のお産の記録を、記憶が新しいうちに綴っておきたいと思います。

自然分娩を選択するまで

とにかく、私は痛みに弱いのかもしれません。小さい頃から、何故か首筋に何かが触れることがとても恐怖だと感じており、ネックレスやタートルネックは勿論、掛け布団が首に触れても眠れないほど。

長女の出産後に出会った、大好きな子育て支援の場所で、すっかり自然派お母さんのようになった私は、自然なお産についての情報はたくさんもらっていましたし、一人目は麻酔を使ったけど、二人目は自然分娩と決心したお母さんがいることも聞きました。それでも、私には無理だろうなと思っていました。当時は、周りの自然派の人達に、麻酔分娩を経験したことを話すことができませんでした。

私にとってネガティブな痛みについての概念が変わったのは、ネイティブインディアンについて書かれている松木正さんの著書『あるがままの自分を生きていく』を読んでから。男性たちが、ある修行の一貫の最後のセレモニーとして、自分の身体に付けたピアスを引きちぎるということが書かれていました。痛みが嫌いな私は、なぜそんなことを?と思いましたが、同じ痛みの経験としてお産のことが頭に浮かびました。女性にしか経験できないお産の痛み。それと同じ位の痛みの経験をするために、男性たちはここまでするのではないかと、だとすれば、痛みを経験することになにか大切な意味があるのかもしれないと思いました。でも、このときも、どうしても痛くて耐えられなくなったら、麻酔にしてもらおう、くらいに考えていたと思います。

その後、和みのヨーガで心身を整えていくうちに、今の自分なら大丈夫、心身の状態も以前と違って整っているから、と自然分娩に決めました。どうしてそう思ったのか、それはちょっとよく覚えていませんし、特にこれというきっかけもなかったのだと思います。

二人目のお産は自然分娩で産むというと、結構周りの人には驚かれるというか、興味本位なのか色々聞かれます。まぁそうだよな、と思うのですが、「海外では無痛分娩があたりまえ」というキーワードが私の中でひっかかり、海外のお産について調べ始めました。特にこれという手がかりは得られなかったのですが、、出産の1ヶ月ほど前になり、昔、友人から教えてもらった「Orgasmic birth」という映画についてふと思い出しました。その映画を観る機会はお産前には有りませんでしたが、「Orgasmic birth」について調べることはできました。”Pain to Power”という痛みに対するポジティブな言葉、恐れは痛みを増してしまうこと、お産には、痛くて苦しいものというイメージは、以前は無かったのだということ、そんなメッセージが有りました。

そして、お産の1周間ほど前に手にして読んだ雑誌の三砂ちづるさんのインタビュー。「昔の人はもっと楽々産んでましたからね」ということが書かれていました。お産に向けて、着実に応援のメッセージを一身に受けていたと思います。私は、大丈夫、と落ち着いた精神状態でお産を迎えることができたと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。お産当日の体験については、改めて綴りたいと思います。

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